2017年06月13日

赤ちゃんは天使です!ー天使のベビーふとん開発物語ー

1,赤ちゃん受難の時代
■売られているのは化学繊維のベビーふとんばかり
お子さん用の「ジュニアふとん」をお届けした時、そのお子さんがいままで使っていたベビーふとんを見せていただきました。
それはツルツルの化学繊維の生地に包まれた、ペチャンコに変形した化学繊維ワタのふとんでした。
「赤ちゃんをこのふとんに寝かせていたのですか?」と思わず言葉が出てしまいました。
赤ちゃんは汗をいっぱい掻くのに、こんな化学繊維のふとんに寝かされてきて、さぞ寝苦しかったことでしょう。
その時保育園に行っているという、お子さんのことが、なぜか気になって仕方なくなってしまいました。
こんなに酷いベビーふとんがあることを知って、市販のベビーふとんはどうなっているのか?と、大型ショッピングセンターのベビーふとん売り場を覗いてみました。(写真)
ベビーふとんがずらりと並ぶ売り場は、一見カラフルでしたが、ほとんどがポリエステル系の化学繊維で作られた製品ばかりでした。
可愛いプリント模様の生地のふとんなのですが、製糸段階でポリエステル繊維とコットン繊維を混ぜ合わせた「綿混」生地のモノがほとんどでした。
そして中に入っているワタは、すべてポリエステル100%のワタが入っているものだけでした。
自然の素材で作られたものはないのだろうか?と、探してみると、「オーガニックコットンベビーふとん」と表示されているのが1点ありました。しかしよく見ると、生地はオーガニックコットンであっても、中のワタはポリエステル100%のものでした。

■自然の素材で作ったベビーふとんは売っていない
そのお店には、化学繊維ではない、天然の素材だけで作られたベビーふとんは一点も見当たりませんでした。
それではと、全国展開のベビー用品専門チェーン店にも廻ってみました。
さすがに専門店だけあって、たくさんの種類のベビーふとんが展示されていました。しかし、ここにも厳密に自然素材の製品は見つけられませんでした。
見た目はきれいなプリント模様のふとんですが、その大部分が綿混生地の製品でした。またナチュラルなイメージの綿100%生地の製品であっても、中ワタはポリエステルでした。オーガニックコットン生地のモノもありましたが、これも中ワタはすべてポリエステルのワタが入ったものでした。
中でも問題なのは、ポリエステルワタを圧縮した「固わた」のベビーマットです。
赤ちゃんの背筋が曲がらない「硬いふとん」を特徴に謳っているのですが、実態は、ポリエステル繊維ワタを圧縮して合成化学糊で固めたものです。ポリエステル系のワタは、風合いを出すため人工的に繊維に撚りをかけてあるのですが、そのまま入れるとフカフカ過ぎるふとんになってしまうので、それを固めたモノが「固わた」として作られているのです。
さらに他のベビー用品チェーンも廻ってみました。
そしてわかったのは、市販されているベビーふとんの生地は、ポリエステルとコットンを混ぜた「綿混生地」が圧倒的に多く使われていることでした。もちろんコットン100%生地の製品も何点かあり、その中にオーガニックコットン生地のものもありましたが、中ワタはすべてポリエステルワタのものでした。
日本中の大型ショップでは、純粋な自然の素材のベビーふとんは求められないことがわかりました。

■赤ちゃんには自然素材のふとんで寝かせてやりたい
私は町の寝具店として、50余年間ふとん作りを続けて来ました。寝具店の原点は江戸時代から続く「わた屋」です。主にコットンのワタが入ったふとんを作ってお届けすることが仕事です。
ベビーふとんもたくさん作って、納めさせていただきました。特にベビーふとんは、赤ちゃんの汗を吸って、よく排出するように、純綿の生地とワタで作ることが必須条件でした。純綿とは人工的な繊維が混ざっていない、コットン100%のことです。
わた=綿=コットン です。
コットンのふとん作りが「わた屋」のメインの仕事です。
コットン100%の生地とワタで作るふとんが、良質な睡眠の条件と信じてふとん作りを続けてきました。
赤ちゃんは天から降りてきて、お母さんのお腹に宿った天使です。その天使が地上に降りてきて、始めてカラダを休めるところがベビーふとんです。市販されているあのような化学合成されたベビーふとんで赤ちゃんは安らいでくれるでしょうか?
天から降りてくる新しいいのちを、石油由来の化学繊維のふとんで包むなんて、私には到底考えられないことです。
それに対して、オーガニックコットンでも、コットン100%のふとんでも、大自然の恵みに育てられた「綿花」で作ったものです。柔らかさも、暖かさも、通気性も、大自然の恵みと愛に包まれるのです。

■コットンふとんの柔らかい固さ
「コットンふとんは赤ちゃんには柔らかすぎるのではないか?」というお問い合わせをいただきます。
そんなことはありません。コットンのふとんは、出来立てには、何も荷重が掛かっていませんから、ふくらんでいますが、使っているうちに自然な風合いに戻ります。
コットンふとんの感触は、「芯の確りした柔らかさ」です。オーガニックコットンわたも、インド産の短繊維系わたに変わりましたので、よりしっかりした感触になりました。
コットンふとんは、繊維自体が空気を循環させ、汗を吸い、排出する、理想のふとんです。わた屋として、ふとん作りの職人として、赤ちゃんたちを、自然のままの素材で作った、コットンふとんに寝かせてやりたい一心です。
もちろん、化学繊維の技術はどんどん進歩しています。通気性、排汗性などの問題を改善した製品も出ています。しかしそれでもなお、赤ちゃんの未来のことを考えれば、ふとんはコットンでなければなりません。なぜなら化学繊維のふとんは土に還れないからです。

■健やかに育てるための「かしこい睡眠」
さまざまな環境汚染物質によって、大気も水も食べものも、地球の環境は汚されています。そこへ汚れを知らない純粋無垢の赤ちゃんが降りてくるのです。
赤ちゃんの肌は敏感です。アレルギー、アトピー、あるいはシックハウスなど、化学物質過敏症に悩む赤ちゃんや、お子さんのことは何度もお聞きしています。環境汚染の一番の犠牲者は赤ちゃんや子どもたちです。
大人なら、寝苦しければ、自分でふとんを捲ったり、干したりできますが、赤ちゃんはどんなに不快でも、ただ泣くことだけしかできません。もっと赤ちゃんの睡眠環境のことを考えていただきたいと思います。
食べ物では、「かしこい食育」が言われています。
食は健康の源です。お母さんたちは、子どもたちの健全な成長のために、カラダに安全で必要な食べ物を、かしこく選んで与えています。
それならば「かしこい睡眠」も考えていただかなければなりません。家庭での正しい食事と同じように、家庭での「かしこい睡眠」も大切なことです。
「かしこい睡眠」は赤ちゃんが気持ちよく「安眠」出来る環境を作ることです。「寝る子は育つ」と言われます。赤ちゃんのこころもカラダも健やかに育つ環境作りは、安全で安心できるベビーふとん選びから始まります。

■心地よさと安らぎのこころを子どもたちに
最近になって睡眠の「質」の研究が進み、睡眠リズムの解析から、入眠と体温に深いつながりがあることがわかってきました。その体温調整を助け、眠りに誘うのがふとんです。
その意味で、部ぶーふとん選びにもっと慎重であって欲しいと思います。
わたしは、市販の化学繊維のベビーふとんで育った子供たちと、
コットン、オーガニックコットンなど、自然素材のふとんで育った子供たちの、
情操面の違いに興味を感じています。
市販されている化学合成されたふとんで育った赤ちゃんが、成人したとき、本当の安らぎ、心地よさを知って育つのでしょうか?
私は成長後の子供たちの情緒に差ができるのではないかと心配しています。
荒れる子供たち、問題行動の子供たち――
その原因はわかりませんが、赤ちゃんの時の、不快な睡眠環境にも関係があるのではないかと思えてなりません。
ベビーふとんは、天から降りてくる新しい ”いのち”=赤ちゃんをお迎えする、安らぎのふとんであって欲しいと願っています。
posted by oyamatsu at 14:41| Comment(0) | ベビーふとん

2017年04月04日

真の文明を求めて

真の文明を求めて(2012.5.5再掲)

■だから言ったじゃないか!
「だから言ったじゃないか」とはこのことです。前回の本稿(2011.2)で、テレビコマーシャルが原子力発電まで「地球にやさしい」と言い出したことに呆れて、これからはうちで作っているコットン布団には、地球にやさしいを使わないことにしたと書きました。あれを書いたのは2011年2月のことです。まさに「だから言ったじゃないか」を3.11は実証してくれました。何度も放射能の危険が警告されていたのに「絶対事故は起きない」と言い張った結果が、「言わんこっちゃない」ことになりました。
 3.11の大災害からもう1年余が過ぎました。この間は皆さんと同じように何も手につかないで、ハラハラドキドキのまま時が過ぎてしまいました。この連載もすっかり間が空いてしまいました。
この大災害を引き起こした津波映像の恐ろしさと、被害の悲惨さに心が痛み、打ちひしがれている間にも原発の爆発で飛び散った放射能は千葉県の我が町にも降りかかってきたではありませんか。まして原発に近い福島の皆さんにとっては、身に降りかかる放射能の恐怖ばかりでなく、避難中のご苦労からこれからの生活設計まで、そのご心労はいかばかりかと想像するだけでも胸が痛みます。津波は天災ですが原発は人災です。だから言ったじゃないか原発は危ないって!。

■明治の鉱毒事件を思う
放射能汚染が広がり、原発付近の町の人々の避難が始まった時、ハッと思い出したのは今からおよそ120年前、明治年間に渡良瀬川流域で起きた足尾銅山鉱毒事件です。足尾銅山の精錬所から流れ出た鉱毒により、渡良瀬川流沿一帯の栃木、群馬、埼玉、茨城4県の農業地帯の作物に被害が広がりました。しかし農民たちの抗議行動にもかかわらず、銅山は操業を止めることなく鉱毒を流し続けたのです。
被害地域一帯の農民の窮状を見かねて立ち上がったのは、時の衆議院議員、田中正造です。正造は議員として国会で鉱害農地の被害状況を訴えるとともに、銅山廃坑と農民救済を何度も政府に迫りました。しかし産業振興を国策としていた政府はいつまでも有効な対策をとることをしませんでした。
正造は最後の手段として議員を辞職し、明治天皇の行幸に合わせ決死の直訴をはかりました。この直訴は護衛に阻まれて成りませんでしたが、この事件が当時の新聞で大きく伝えられたことで次第に世論が高まり、時を経て渡良瀬川の氾濫防止のために作られた遊水地が現在の谷中湖です。渡良瀬遊水池とも言われています。しかし鉱毒を氾濫させないための河川改修によって湖底となり、立ち退きを迫られたのが谷中村の村民でした。正造は最後まで村民と行動を共にして生涯を閉じました。
 足尾の鉱毒は100余年後の今日でもまだ作物に痕跡を残しているといわれます。しかしそれを言うと価格が下がるので農家の人は黙っているのだそうです。福島の原発放射能はまだ収束していません。福島から避難されている方々を難民と言うのは辛いのですが、やがて生活再建には程遠いお金と引き換えに関心が薄れてしまうのではないかと心配でなりません。それは棄民に通じることです。福島の人たちが生まれ故郷に戻れるのは何時になることでしょうか。

■真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし
100余年前、足尾の鉱毒事件に対して田中正造が語ったこの言葉が今日に蘇っています。
去る10月1日、栃木県佐野市で田中正造没後100年の記念講演会が催されました。正造が100余年前に「デンキ開けて世見暗夜となれり」と警鐘していたことを知り、その先見性に感嘆したところです。
明治年間に起きた足尾鉱毒事件の真相を知るほど、あらためて現代の福島原発事故とあまりの同一性に驚いています。まさに福島の原発難民の姿は鉱毒に汚染された流域一帯の農民と、谷中湖造成で棄民された谷中村村民の悲劇そのものの様相を呈してきました。谷中村の何千倍の規模において正造の警告は現実になりつつあります。
この原発災害で山川草木、そして海も汚され、人々の暮らしは日々破られています。持続可能社会への転換が急がれる中で起きたこの人災は、近代工業化文明が「真の文明」にあらざることをはっきり証明しています。3.11人災の悲劇が持続可能な新たな文明への転換を促すことに繋がることを願ってやみません。
3.11からの心の整理にはベストセラーなった「慈悲の怒り」上田紀行(朝日新聞出版)がありますが、さらに一歩踏み込んで私たちが今何をなすべきかを問いかけているのが、「真の文明は人を殺さず」小松裕(小学館)です。前書が天災の悲しみと人災の怒りを仏教の慈悲の心を通して語っているのに対して、本書は国会議員の身を捨て、被害農民救済に立ち上がった正造の足跡を丁寧に辿り、明治の鉱毒事件と今回の原発事故を比べながら、正造の言う真の文明への道を探ろうとしています。
著者は「どうしてもっと早く田中正造の思想をたくさんの人々に伝える努力をしなかったのだろうか(中略)正造の思想には近代文明そのものに対する痛烈な批判と、それを克服していく道筋に関するヒントが存在している」と語っています。
平成の人々に降りかかるこの苦難を「先生、どうしたらいいのでしょうか?」と正造に問いかけたら、「それはお前たちがしでかしたことではないか」と言われそうですね。

■わたを植えて真の文明への夢を見る
近代工業化文明が人々を豊かにする文明でなかったことがわかって、いよいよコットンの出番です。
千葉市にある週末ファーマーズクラブ農園の和棉畑では、12月中旬の今でもコットンボールがまだ弾けています。和棉の栽培もかれこれ10年近く続けていますが、それは衣料品の原料として人間の暮らしと切っても切れない関係にあるのが「わた」であり、わたにまつわる技能や伝統が私たちの文化だからです。わたと文明は切り離せないものだと思うからです。
コットン原綿は輸入品との大幅な価格差によって、国内栽培はほとんど絶滅し、自給率は0%になっています。しかし日本にも古来から伝わる和わたがあったのです。前にお話ししましたが、鴨川和棉農園の田畑健さんの和綿の種を守ろうという呼びかけにこたえて、全国各地で、それぞれの地域に適した和綿種の栽培が復活し始めてきました。それはわたを通して、真の文明の炎を絶やしてはならないという皆さんの思いがつながってきたことでもあります。
いま、田んぼや畑はたくさん遊んでいるのに食料自給率は半分にも至っていません。山には杉の森がたくさんあるのに大部分の木材は輸入されています。このようにコットンだけでなく、生活の基盤である衣食住の大部分を海外に頼っていることも忘れてはならないと思います。
私は先の大戦の後の食糧難のことを覚えていますから、このように衣食住を他国に頼って暮らしていることが不安でなりません。いくらお金を積み上げても食べ物を売ってもらえない時代がそのうち必ず来ることが目に見えるようにわかります。産業優先の経済社会のしわ寄せがこのように暮らしの大元である衣食住のところで起きていることに早く気付いてほしいと思います。

■幸せのコットンボールプロジェクト
それでは自分は何をなすべきかと考えた結論が和棉の栽培です。自分の関わりの中で自信を持って出来る唯一のことがこれでした。最早絶滅寸前になっていた和わたを植えることがわた屋の原点還りになり、新たな始まりにもなると考えたのです。
ちょうど栃木県藤原町の「幸せのコットンボール」プロジェクトが始まった時でした。私どもも同業の寝具店の仲間たちと東京江東区の木場公園で2004年春「江東プロジェクト」としてコットン栽培を開始しました。その年秋にはコットンボールの収穫に合わせて「蘇るわたの文化」―本当の豊かさを求めて―
http://www.ecofuton.com/re/event/event03-001.htm を開催しました。わたの栽培は、昨年より千葉市の週末ファーマーズクラブ和綿畑と2ヵ所で続けています。
わた屋がわたを植えてみると、思いもよらない広がりの世界がみえてきました。何よりも同じ道を行く多くの仲間たちと出会うことができました。そのわた製品のコットン布団がエコロジーな暮らしを支える道に通じていることに確信を持てるようになりました。そしてもう一つは、グローバルな競争社会の中で町の商店の生き残る道を見付けることにもなりました。
栃木県の幸せのコットンボールプロジェクトはその後大きく活動を広げ、収穫した和棉で「和綿Tシャツ」を完成しました。純日本産のこのTシャツの一部はYMOのサイン入りTシャツでオークションに懸けられ話題にもなりました。また現在は「渡良瀬エコビレッジ」
http://blog.canpan.info/watarase/ と改称して幅広い活動を続けています。
真の文明などと言うのはおこがましいのですが、コットンを愛するみなさんの目指しているところがだんだんと見えてきたように感じてきたところです。(2012.5.5 エコロジーオンラインブログより)
posted by oyamatsu at 21:26| Comment(0) | オーガニック

2017年03月25日

オーガニックコットンビジネスの背景と未来

「オーガニックコットンビジネスの背景と未来」というセミナーに参加しました。
オーガニックコットンの世界的認証プロジェクトのRemei社CEOと、bioRe INDIAのCEOによって、オーガニックコットン目指す未来の姿と、栽培現地の実態を詳しく聞いてきました。
布団わたのほとんどは、インドから輸入されていますが、インド綿の95%は遺伝子組み換え綿になっていて、それまで栽培されていた伝統的な慣行栽培種は絶滅した実情を知りました。

その中で、bioRe INDIA社のオーガニックコットンプロジェクトが行われています。
このプロジェクトは、単なる栽培支援を超えた、農民の健康や環境までフォローするbioRe社の公平を重んじたシステムによって実行されています。
またすべての製品は、生産者まで追跡できる、トレサビリティーが確立していますので、信頼のルートによってつながっています。

オーガニックコットに取り組んだ当初は、農薬や化学肥料などの薬害が問題になっていましたが、それらの問題より、今日では遺伝子組み換え種による弊害が大きな問題になっている様子でした。
あらためて、オーガニックコットンをこのルートから供給してきてよかった、このルートのオーガニックコットンが世界で一番信頼出来る製品であることを、再確認することが出来ました。
posted by oyamatsu at 22:17| Comment(0) | 日記